プロフィール | 貧乏治療クリニック(20代限定~売れる文章の書き方のコツ~)

プロフィール

私は大阪市内の貧しい家庭の長男として生まれました。
肉体労働をしてなんとか食べていける程度の家庭です。

父は結婚する前はギャンブル好きでしたが、
結婚する前に、ギャンブルから一切手を引いたそうです。

両親は借金するのが嫌いだったせいか、
無理をすることがなく、質素に暮らしていました。
借金をせず、ギャンブルしなかったので、
今思えば私は救われたのではないかと思います。

私は健康体で生まれはしましたが、
小さい頃は体が弱く、
風邪をしょっちゅうひいては熱をだして
ぐったりしていることが多かったと記憶しています。

ありがたいことに、両親に愛されていたようで、
生まれたかかりつけ医院によく自転車で連れって行ってくれました。
本当に感謝ものです。

いつも診察をしてくれていたI先生はいつも笑顔でやさしかったです。

休日や夜中でも、どんな時も診察してくれました。(病院のとなりに家があって住んでいました。)

子供ながらに医師の鏡のような先生を尊敬していました。

そんなわけで、医師という職業や医療に好奇心や興味がわいていました。

医師ってどんな世界なのかのぞいて体験してみたかった。

病気になる原因や治療法を知りたい、学んでみたい思いが強かったです。

そしてお金持ちというイメージもあって、
ぼんやりとした憧れがありました。

小学生の低学年時は、5月生まれということもあってか、
体も大きく、走りも速く、運動会のリレーが毎年楽しみでした。。

小学校の高学年になると、
風邪をひくこともあまりしなくなり、
丈夫な体になってきました。

当時はプロ野球が人気があって、
近所の子供達や同級生たちと
よく野球をしていました。

野球は楽しくて、うまいと思っていて
この頃は、プロ野球選手になる夢もありました。

テレビに出れて、かっこよくて、
お金持ちのイメージもあったのが理由だと思います。

勉強の方は、
小学校2年生から、「そろばん」を習わせてくれたおかげで、
暗算が得意で、算数を含めて成績はよかったです。

たぶん、好奇心や探究心があったので、
勉強は苦痛ではなかったです。
新しい知識を身につける喜びがありました。

小学校6年の頃ぐらいから、
挫折を味わいます。
スポーツ、野球には才能がないと思い始めました。

今まで後ろの方だった背の高さが伸びなくなり、
どんどん、前のなり背が低くなりました。
成長が止まったんですね。

リレーでも抜かされるようになりました。
当時はすごく、ショックでした。

将来の職業を考えるようになり、
野球には才能がないと、
努力してもできないもの、ダメなものがあるということが
わかってきました。

医師であれば、
勉強さえすれば、たくさん暗記さえすれば、
実現できるかもしれない・・・と考えるようになりました。

灘中学、甲陽学院などの有名中学に行きたかったです。
医学部に合格できそうな仲間のたくさんいる環境に入りたかったからです。

でも、実現できませんでした。
勉強はがんばろうと思ったのですが、
もちろん成績も達していませんでしたが、

なにより、
お金がないのです。

私立中学に入るためのお金がなければ、
勉強しても入学できません。

悲しかったです。

お金持ちになりたい・・・

心の中で叫んでいました!

素敵な奥さんと幸せに暮らしています。

趣味は映画観賞、音楽鑑賞、カラオケ、旅行

好きな食べ物:卵焼き

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